茨城県議会では、昨年の関東・東北豪雨、今年4月の熊本地震、8月の岩手県の豪雨被害などを受けて、大規模災害対策特別委員会を設置して、県民の生命と安全を守るための具体的な政策の提言を目指しています。災害から住民の命をどう守るか――。特に首長や自治体職員の対応のあり方がクローズアップされています。このブログでは、今後の防災対策の強化策などについて、特定非営利活動法人(NPO法人)「環境防災総合政策研究機構」(CeMI)環境・防災研究所の松尾一郎副所長のインタビュー記事(公明新聞10月5日付)を参考にまとめました。
首長は的確・迅速な判断が必要、過去の教訓や課題の共有が重要
災害対策基本法では、首長が避難に関する情報を発表することが定められているが、的確に対応できる自治体はどれほどあるのか疑問だ。実際、2013年の東京・伊豆大島の土砂災害では、早い段階から台風接近が予想されていたにもかかわらず、町長も副町長も島外に出張中で不在だった。14年の広島土砂災害や昨年の関東・東北豪雨に伴う鬼怒川の氾濫に見舞われた茨城県常総市でも、避難情報の出し方について、首長の判断が問題視された。 なぜ、判断を誤る首長がいるのかというと、首長にとって、災害は日常的な出来事ではなく、極めて「まれ」な事態だからだ。毎年、どこかで災害は発生しているが、被害に遭うそれぞれの自治体は、必ずしも頻繁に襲われているわけではない。だから、いざという時に的確に対応できない首長が出てしまう。
災害後に「想定外だった」と発言する首長もいるが、住民の命を守るべき立場にいることを考えれば言い訳にすぎない。ちゅうちょなく住民を避難させるために必要な対策が講じられるよう、日ごろから準備しておくことが極めて重要だ。
そのために、求められていることは、過去の災害で明らかになった教訓や課題の多くはほとんど共通しているが、十分に生かされていない。自治体によっては、災害後に有識者会議などで検証しているケースもあるが、せっかく検証しても他の自治体にどこまで共有できているだろうか。検証結果を全国の自治体が共有できるような仕組みづくりを急いでほしい。
米国では、AAR(アフター・アクション・レビュー)と呼ばれる災害の事後検証報告の作成を義務化している州も多い。災害後4カ月以内に公表することを決めている州もある。州も民間機関も事後検証に基づいて関連する法律を見直したり、ハザードマップ(災害予測地図)を充実させたりして、その後の対策に生かしている。日本でも大いに参考になるはずだ。
自治体職員の役割明確に、「いつ、誰が、何を行う」を細かくタイムライン
自治体の防災担当職員の混乱ぶりも指摘されている。台風10号で被害に遭った岩手県岩泉町では、川の水位が避難勧告基準を超えていることを担当職員が確認していたにもかかわらず、他の業務を優先したために町長に報告できなかった。
伊豆大島の災害でも、土砂災害警戒情報が東京都から送られてきたころには、町の防災担当者が帰宅していたなど、自治体職員の混乱や誤った対応が被害を拡大させる要因になった事例は少なくない。職員の対応能力向上は喫緊の課題である。
防災担当職員の人数にも妥当性に欠く。昨年、全国の自治体のうち、622の自治体を対象に防災担当職員の人数を調査した。最も多かったのが3~4人で、規模の小さい自治体ほど人数は少なくなる。防災担当職員が他の業務を兼務している場合が多いことに加えて、防災の専門家ではないということも浮かび上がった。これでは、いざ災害が発生した場合の対応には限界がある。しかし、多くの自治体が厳しい財政状況にあることを踏まえると、簡単に人数を増やすことは難しい。打開策の一つとして、「タイムライン」を活用すべきである。
タイムラインとは、災害前から災害後にかけて、防災の関係者が取るべき行動を時系列にまとめたもので、米国発祥の防災計画だ。首長や役所の職員らが取るべき防災行動や役割などを議論しながら「いつ、誰が、何をするか」と細かく規定するので、災害時の役割が事前に明確になる。
例えば、台風襲来のケースなら上陸前から準備に当たれるほか、関係機関同士も顔の見える関係になるので意思疎通がよりスムーズになる。何より、自治体では職員一人一人の役割が明確になるので、防災担当職員の混乱も解消されるはずだ。先を見越した早めの対応によって、被害の軽減につながることが期待できる。
タイムラインは、地震も含め、どのような自然災害にも有効だ。時間を追って取り組むべきことは、全ての災害にある。紀伊半島豪雨で大きな被害が出た三重県紀宝町や、浅間山で火山が噴火した群馬県嬬恋村では、すでに本格的なタイムラインができている。地震は発生前の予測が難しいため、発生後の対応が主になるが「アフタータイムライン」として事前に議論、決定することは可能だ。阪神・淡路大震災や東日本大震災、熊本地震で明らかになった教訓を盛り込み、日ごろの訓練に生かしていけば、減災につながる。
政府は、全国の自治体がタイムラインを導入できるよう、制度化を後押ししてもらいたい。
地域主導の防災会議が不可欠
地域のコミュニティーが防災に果たす役割は大きい。災害時は、コミュニティーを構成する消防団や自治会、民生委員などの存在が不可欠だ。しかし、率直に言ってその連携があまり強くないのではないかと各地で感じる。
防災には、例えば住民なら「いざという時はとにかく避難する」と、最優先で行うべき役割がある。それをしっかり実行するためには、地域社会でお互いに顔の見える関係を日ごろから築いておかなければならない。過去の教訓の共有やタイムラインの設定が「公助」の充実だとすれば、住民一人一人が「自助」や「共助」に基づき、いざという時に自発的に行動できる仕組みをつくる努力も求められる。
具体的には、「市民防災会議」を開催すべきだ。各自治体では防災会議が開かれているが、消防や警察、自治体の防災担当など地域防災計画の策定に関する機関が年一回程度、計画内容を協議しているだけにすぎない。一方、「市民防災会議」の主体は住民だ。住民の目線で災害を考え、必要な取り組みを防災計画に反映させることが狙いだ。
例えば、東京都板橋区の舟渡地区では、町内会と商業施設が災害協定を締結し、災害時に住民が商業施設の駐車場を使用できるようになっている。三重県紀宝町や兵庫県豊岡市でも住民が中心となった市民防災会議が開かれている。その効果もあって、住民の防災意識に変化が見られる。
災害弱者への対応を急げ
台風10号で甚大な被害に見舞われた岩手県岩泉町の高齢者福祉施設の事例は、二度とあってはならない。
高齢者や障がい者など災害弱者の施設は、河川の近くなど災害の危険性が高い場所に立地していることが多い。やはり、土地ごとに災害の危険性を示す「リスクマップ」(危険表示地図)のような備えは絶対に必要であり、いかなる場所でも策定を義務付けるべきだ。その上で、リスクの高いところに立地する施設は避難計画を作成する必要がある。
災害が起きる仕組みや避難の必要性など、多くの住民は災害の怖さを本当に分かっていないと痛感することが珍しくない。しかし、災害に対する認識の甘さや防災の必要性を分かりやすく説明すると真剣に捉えてくれる。自治体や防災の専門家が、知らせる努力をさらに果たすべきだろう。
これだけ記録を塗り替えるような災害が多発する時代に、危機感をどう国民に伝えるかが大きな課題だ。これまで、台風の襲来など災害のリスクが高くなりそうな場合には気象庁が会見を行うが、インパクトが十分とは言い難い。大変なことが起こりそうな時は、防災担当相や国土交通相などが「災害発生の可能性が高い」という危機感を事前に国民に伝える体制整備が必要ではないだろうか。
(松尾一郎氏:まつお・いちろう、1955年生まれ。北海道大学大学院環境資源学専攻博士後期課程修了。日本災害情報学会理事や東京大学生産技術研究所研究員などを務めるほか、三重県紀宝町防災行政総合アドバイザーとして地域防災対策の充実に尽力している)
参考:「常総市の水害検証委員会の報告書公表」http://blog.hitachi-net.jp/archives/51630748.html
参考:常総市の鬼怒川、小貝川の水害に関するタイムライン http://www.city.joso.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/6/timeline28_6.pdf