遅い昼食時、テレビから流れる国会中継をぼんやり眺めていたカミさんが、ふと箸を止めて言いました。
「さっきからあの人、『高市内閣では』って自分の名前を連呼しているけど、なんだか引っかからない?」
何気ない一言でしたが、確かに言われてみると、妙な感覚が残ります。高市早苗総理の施政方針演説や国会答弁では、自らの内閣を語る際に「高市内閣」という言葉がしばしば使われています。政治報道ではよく聞く表現ですが、それを総理本人が自らの言葉として繰り返す場面は、これまであまり見慣れたものではありません。
そこで、少し気になって調べてみました。首相官邸のホームページや国会会議録には、歴代総理大臣の施政方針演説や所信表明演説が公開されています。そこに目を通してみると、歴代の総理たちが自らの政権をどう呼んできたのか、おおよその傾向が見えてきます。
結論から言えば、戦後の歴代総理の演説では、自分の名前を冠して「〇〇内閣」と自称する例は、ほとんど見当たりません。多くの場合、使われているのは「私」「政府」「本内閣」あるいは「私の内閣」という表現です。
例えば、岸田文雄首相の施政方針演説では、政策の主体を語るときは「政府として」「私自身」といった言葉が繰り返し使われています。安倍晋三首相の所信表明演説でも、「私は」「政府として」という言い方が中心であり、自分の名前を冠した呼称は登場しません。さらに遡って、細川護熙首相の演説でも「私の内閣」という表現が使われていました。つまり、政権を語る場合でも、「私の内閣」「本内閣」という言い方が一般的だったのです。
この言葉遣いには、日本の政治制度の特徴が反映されています。日本は議院内閣制の国であり、内閣は総理一人の組織ではなく、国務大臣が連帯して責任を負う合議体です。総理はその代表者ではありますが、制度の上では政府全体の意思を代表する立場にあります。そのため、歴代の総理は公の演説では「政府」「本内閣」という言葉を選び、組織としての責任を強調する語り方をしてきました。
そうした歴史を振り返ると、カミさんが感じた違和感の正体が、少し見えてきます。総理本人が「高市内閣」という言葉を繰り返すとき、そこには従来の政治言語とは少し異なるニュアンスが生まれます。政権を「政府」ではなく、個人名で語る表現は、政治の主体を「組織」から「個人」へと強く引き寄せる響きを持っているからです。
もちろん、「責任の所在を明確にする」という意味で、リーダーの名前を前面に出す政治スタイルもあります。世界に目を向ければ、大統領制の国ではむしろそれが一般的です。しかし、日本の議院内閣制では、これまで政治の主体を「政府」や「内閣」という集団として語る文化が長く続いてきました。
政治の言葉は、その国の制度や文化を静かに映し出します。言葉遣いが変わるとき、政治のあり方もまた、少しずつ変わり始めているのかもしれません。
夕食の席でカミさんがつぶやいた「なんだか引っかかる」という感覚。
それは、単なる言い回しの違いに対する違和感ではなく、私たちが長年慣れ親しんできた議院内閣制の政治文化が、少しずつ形を変えつつあることへの、素朴で健全な感受性だったのではないか――。そんなことを考えながら、テレビの国会中継を見つめ直してみたのでした。
