県立多賀高校卒業式で来賓を代表して祝辞
県北ジオパーク日立ジオサイトを視察、意見交換
つくば市内で意見交換会(大規模太陽光発電の規制などについて)

3月1日、茨城県内の県立高校で一斉に平成27年度の卒業式がおこなわれました。
井手よしひろ県議は、高校生の新たな出発に、はなむけの言葉を贈りました。
卒業生の皆さま、保護者の皆さま、ご卒業誠におめでとうございます。この晴れの門出に当たり、一言お祝いの言葉を申し上げます。
皆さんは「大陸移動説」という言葉は、ご存じでしょうか?地学の授業で学んだ方もいると思います。
ドイツの気象学者、アルフレッド・ウェゲナーが「大陸移動説」を唱えてから、今年は101年目に当たります。絶対に動くはずがないと確信されていた大陸が動くという、この学説は、当時の常識では理解されず、異端視されていました。
この「大陸移動説」は、2億5000万年から2億円前という太古の昔、地球にはただ一つの巨大大陸「パンゲア」がありました。その「パンゲア大陸」が分裂して、今のユーラシア大陸や南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、南極大陸などの大陸が生まれたとの学説です。
世界地図を眺めていたウェゲナーは、向かい合うアフリカ大陸の西側と南アメリカ大陸の東側の海岸の凹凸(おうとつ)がぴったり合うことでひらめいたとされています。
「なぜこんなにも似ているんだろう?」彼が考えついた答えは、もともとはこの二つの大陸が一つであったのではないかという閃きでしたものでした。南アメリカ大陸とアフリカ大陸が一つであったと考えると、色々と今まで説明が出来なかったことが簡単に説明できることを発見した彼は、地質学や古生物学の文献を猛勉強したあげく、1915年に「大陸と大洋の起源について」を刊行しました。
当時は大陸が移動するなど非常識扱いされ、何度となく論争されてきました。残念ながらウェグナーは、大陸移動説がまだ立証されていない1930年に、南極大陸横断を目指しましたが遭難し行方不明となってしまいました。
私が、最初に「大陸移動説」という言葉を知ったのは、皆さんと同じ高校時代。それまでほとんど本を読んだことがなかった私ですが、はじめて自分のお小遣いで買った本が「大陸移動説」 に関する講談社のブルーバックスでした。まだまだ、この「大陸移動説」は一般的には認められておらず、壮大な仮説として興味深く読んだ記憶があります。
それから40年。もやは「大陸移動説」を疑う人はいません。今や「プレート・テクトニクス理論」として進化し、東日本大震災を始めとして、日本各地で起こる地震や火山活動などの原因を解き明かしてくれています。
100年前にウェゲナーの閃きがなかったら、古い常識に挑む挑戦の気概がなかったならば、地質学の進歩は大いに遅れていたことでしょう。
常識にとらわれず、挑戦を続けていくことの大事さを教えてくれる逸話です。
20世紀最高の歴史学者と言われるイギリスのアーノルド・トインビー博士は、「挑戦と応戦」という法則を、私たちに教えてくれています。
「文明というものは、つぎつぎに間断なく襲いきたる挑戦に、応戦することによって誕生し、成長するものである」と、強調しています。
今、多賀高校を卒業し、社会に旅立つ皆さん。多賀高校卒業という誇りと、常識のとらわれず、未来を開いていこうという気概をもって、厳しい変化、変化の社会の中で、勝ち抜いて行っていただきたいと思います。
皆さんの新たな生活に栄光あれとお祈りし、お祝いの言葉といたします。
本日は本当におめでとうございました。
歩数【6000】歩・移動距離【209】km・燃費【27.2】km