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参政党“憲法草案”の危険性と稚拙さ――民主主義への挑戦

管理者 2025年7月9日
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今年(2025年5月)、参政党が公式に公表した「新日本憲法(構想案)」には、現行の戦後民主主義の理念と相容れない危うい思想が散見されます。
その草案では、日本国憲法が掲げる国民主権や基本的人権の尊重、政教分離といった近代立憲主義の原則が大きく揺らいでいます。表面的には「日本を守る」「戦争なき世界」といった前向きなスローガンを掲げながら、内実は非立憲的かつ差別的な思想と矛盾を孕んで共存している点にも注意が必要です。
3つの視点から、参政党“憲法草案”の危うさを考察してみたいと思います。

視点-1
「国家主権」思想と天皇の位置づけ――国民主権との齟齬

参政党案でまず目を引くのは、主権に関する規定です。「国家主権」という奇天烈な言葉が登場します。

構想案第一条は「日本は、天皇のしらす君民一体の国家である」と定め、天皇が国民と一体となって国を治める存在であることを宣言しています。さらに続く第三項では、天皇を「国民の幸せを祈る神聖な存在として侵してはならない」とし、明治憲法さながらにその不可侵性を謳っています。第二章第四条では「国は、主権を有し、独立して自ら決定する権限を有する」と明記され、近代憲法の常識である国民主権の原則は一切登場しません。つまりこの参政党案においては、主権は国民ではなく国家(ひいては天皇を戴く国家)が持つものと位置づけられているのです。

これは現行の日本国憲法と真っ向から対立する考え方です。
憲法の意義は、国家権力を制限し、国民の権利と自由を保障することです。憲法は、国家が国民に対して行うべきこと、また行ってはならないことを定め、国民の生活に深く関わる最高法規として位置づけられます。

日本国憲法第一条は「天皇は、日本国及び日本国民統合の象徴」であり「主権の存する日本国民の総意に基く」と定め、主権者があくまで日本国民であることを宣言しています。さらに憲法第四条では天皇が「国政に関する権能を有しない」と明記し、政治的権限を否定しています。戦後の日本は、象徴天皇制と国民主権を組み合わせることで、伝統と民主主義の両立を図ってきました。

しかし、参政党構想案はこの歴史的解決策を覆し、「君民一体」の名の下に天皇へ道徳的・政治的役割を再付与しようとしています。第四条で「国家に主権がある」と断じている点に、参政党の本質的な志向が表れていると言えるでしょう。まさに近代立憲主義が長い歴史の中で王権神授説を克服し、君主主権から国民主権へ転換してきた流れに真っ向から逆行する発想です。
立憲主義の憲法を否定し、憲法を国民を縛る法規として位置づけています。

諸外国の立憲主義と比較しても、参政党案の「国家主権」への回帰は際立っています。
例えばドイツ連邦共和国基本法は第20条で「すべての国家権力は国民に由来し、立法・行政・司法により行使される」と規定し、主権が国民にある民主国家であることを明示しています。また変更不可能条項によって、この国民主権原則は将来にわたり侵すことのできない核心価値とされています。
アメリカ合衆国憲法も前文に「我々人民は、この憲法を制定する」と謳い、人民主権の理念に立脚しています。
いずれの国でも、統治の正統性は国民から由来するとの原理が近代憲法の大前提です。参政党案が示す「国家主権」「君民一体」の理念は、こうした世界標準から見ても明らかに異質であり、日本を戦前の天皇主権体制に引き戻しかねない危うさを孕んだ、稚拙で幼稚な草案です。

視点-2
基本的人権の軽視と立憲主義否定の傾向

参政党案が抱える2つめの重大な問題は、基本的人権の位置づけと立憲主義に対する理解の欠如です。憲法は13条や97条で個人の尊重や基本的人権の永久不可侵を謳い、国家権力はそれを侵してはならないと定めています。ところが草案には、そうした文言が見当たりません。それどころか、草案では「権利」という言葉さえも「権理(けんり)」という独自の用語に置き換えられています。草案第八条以降に登場する「権理」とは、権利に必ず義務が伴うという意味合いを込めた造語であり、福沢諭吉の用語にならったものだと脚注で説明されています。この言葉遣いが象徴するように、参政党草案は近代憲法が確立した個人主義的人権観を転換し、「まず公益ありき」の価値序列を提示しています。

参政党案第六条は「国は、この憲法に定める国民の権理及び公共の利益(公益)を国政で常に維持し擁護する義務を負う」と規定し、まず国家が公益を守ることを宣言します。その上で、国民の自由や生活に関する条文が続きますが、そこでは必ずと言っていいほど義務や責任が付随しています。例えば第八条は「すべて国民は、主体的に生きる自由を有する。2 国民は、・・・尊厳ある生活を営む権理を有する。3 権理には義務が伴い、自由には責任が伴う。権理及び自由は、濫用してはならない」と定めています。現代立憲主義において、個人の権利がまずあり、その調整のために公共の福祉(公益)が考慮されるのが原則です。ところが草案では、最初に共同体の維持発展という公益がありきで、個人の権利はそれに従属する形で認められるという価値の逆転が起きています。言い換えれば、この参政党案では国家は国民に奉仕するものではなく、国民が国家や共同体に奉仕することが前提とされているのです。

草案の条文数はわずか33条と極端に少なく、その分、人権保障や権力分立に関する規定が大幅に削減されています。憲法学者の清水雅彦氏は、この草案について「立憲主義に関する理解を欠いた非常に未熟な素人の案」であり、「大日本帝国憲法よりも内容が劣る」とまで批判しています。
実際、草案には「法の下の平等」や個別の人権規定(思想・良心の自由、労働者の権利など)が軒並み見当たりません。清水氏はまた、草案に盛り込まれた「八百万の神」「徳を積む」といった神道的・道徳的価値観が、信教の自由や表現の自由など基本的人権の観点から問題であると懸念を示しています。

近代憲法の要諦は、国家権力を縛ることで個人の権利を守る点にあります。米国憲法の権利章典はまさにその典型で、修正第1条で政教分離や言論・信教の自由などを保障し、「憲法は国民を縛るものではなく、国民の人権を政府から守るために政治権力を縛るもの」という原則を確立しました。参政党草案にはその発想が欠如しており、国家権力の恣意的な運用を許しかねない危険な欠陥を孕んでいます。立憲主義とは権力者を法で拘束し、人々の自由を保障する思想ですが、この草案には「異質な他者への警戒や権力への抑制という立憲主義の本質が欠如しており、憲法としての体をなしていない」との指摘もあります。

視点-3
政教分離の形骸化と復古的国家観

参政党案には、日本国憲法が重視する政教分離原則を事実上反故にし、国家神道と言える復古的国家観が色濃く表れています。前文からして「八百万の神と祖先を祀り…天皇は、いにしえより国をしらすこと悠久であり…国全体が家族のように助け合って暮らす。これが今も続く日本の國體である」と記され、戦前の国家神道的世界観を全面に押し出しています。現行憲法第20条は「いかなる宗教団体も国家から特権を受け」ず、「国家およびその機関は宗教的活動をしてはならない」と規定しています。これは戦前の反省から、公権力と宗教を切り離し、国民一人ひとりの信教の自由を守るために設けられた原則です。しかし参政党案では、第一条で天皇が「国の伝統の祭祀を主宰し、国民を統合する」とされており、国家の中心に宗教的行為(祭祀)を据えています。天皇が公的に宗教儀礼を主宰することは、実質的に国家と特定宗教の融合を意味しかねません。戦後の日本で政教分離が重視された背景には、戦前の国家神道体制への反省がありました。にもかかわらず、参政党草案はその歯止めを緩め、むしろ国家が特定の道徳・宗教的価値観を推奨する立場に転じています。

教育の分野にも、同様の復古的姿勢が顕著です。参政党案第九条は「国民は、自ら学び自ら考える力を基本とする教育を受ける権理を有する」と一見もっともらしい理念を掲げています。しかし同時に草案は、「教育勅語など歴代の詔勅、愛国心、地域の祭祀や偉人、伝統行事は、教育において尊重しなければならない」と明記し、教育勅語の復活を謳っています。さらに草案は国民に対し、「神話」や「修身」といった特定の道徳的・歴史的世界観を学ぶ義務を課しています。これは、国家が教育内容において中立であるべきだという近代の原則を翻し、国家が積極的に「善き国民」の育成に関与しようとする態度です。かつての日本でも、明治期から昭和にかけて修身教育や教育勅語によって忠君愛国の思想が子供たちに教え込まれました。戦後、それらは民主教育の理念に反するとして公教育の場から排除された経緯があります。ところが参政党案は、そうした歴史的断絶を乗り越えて再び道徳教育を国家の義務と位置づけています。これは一種の国家的パターナリズム(家父長的保護主義)であり、国民の内心の自由や多様な価値観を尊重する近代憲法の精神とは相容れません。

このような方向性は、日本を「八紘一宇」「皇国史観」の時代に逆戻りさせかねず、戦後民主主義の価値観とは明らかに相反するものです。

#参政党
#新日本憲法
#国家主権

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井手よしひろです。 茨城県の県政情報、 地元のローカルな話題を 発信しています。 6期24年にわたり 茨城県議会議員を務めました。
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