11月11日のTPPに関する参議院の集中審議では、野田総理大臣の答弁が大きな波紋を呼んでいます。自民党の佐藤ゆかり議員のTPPの中に盛り込まれている“ISD条項”に関する質問に、しどろもどろになり、テレビ中継も音声が一時中断するという大醜態を演じました。(エンベットしているYouTubeの動画の14分以降をご覧下さい)
井手よしひろ県議が、このブログを書いている19時現在、ツイッターで“ISD条項”を検索しようとすると、ツイートが多すぎて読み切れないような状況が続いています。
そもそも“ISD条項”(Investor State Dispute Settlement)とは、政府と外国の投資家との紛争を処理する仲裁手続きのことです。旧来の慣習的国際法では、外国投資家は、紛争が生じた場合、問題となっている国の国内法の規定や裁判所において、その解決を図る必要がありました。しかし、TPPでは、外国投資家には、国家に対し賠償請求を行うための直接的な手段が与えられています。
つまり、TPPに入ると、政府は国内企業と海外企業を同等に取り扱う義務を負うことになります。例えば、アメリカ企業がアメリカ国内での規制・制度に合わせて、日本国内で事業展開しようとしたところ、日本政府が国内法規を前提に事業を認めない、あるいは制限した場合、「公正な競争が阻害された」として、アメリカの投資家は、直接日本政府を訴えることができるということです。
こうしたISDによる紛争は、世界銀行の傘下にある国際投資紛争解決センター(ICSID)を活用して仲介・裁定が下されることが想定されています。外国企業(投資家)が政府を訴えた場合は、その規定に従って判断が下されます。判断を下すメンバーは、企業と政府が1人ずつ推薦し、もう1人を両者の合意で選任することになっているようです。驚くことに、その判断には強制力があり、上訴できないルールも明確化されているのです。
このほか国連には、国際商取引法委員会規則というルールがあり、このルールに則って判断が下されるという選択肢も残されています。
先に示した例でアメリカの企業が日本政府を訴え、紛争に勝った場合は、損害賠償金を得ることができるのです。
“ISD条項”に、日本の国内法を変える権限はありませんが、外国のルールで日本は国民の税金から賠償金を払わなくてはならなくなります。これが、「ISD条項は治外法権」と揶揄される所以です。TPP反対の旗手の一人である中野剛志氏はダイヤモンドオンラインの記事で次のように論じています。
米国丸儲けの米韓FTAから、なぜ日本は学ばないのか
「TPP亡国論」著者が最後の警告!
ダイヤモンド・オンライン:中野剛志(京都大学大学院工学研究科准教授)
このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
“ISD条項”の是非論は別としても、TPPに仕込まれたこのような重要な事項に対して、野田総理がほとんど答弁できなかったことは大きな問題です。
野田総理は「ISDS(ISD条項)は、あまりよく過分に詳しく知らなかった。条約と国内法との上位関係だったら、条約が上だからこそ、条約を結ぶために(国内法を)殺したり、壊したりはしない…」といったトンチンカンなやり取りが続いていました。
野田総理は、自分自身もTPPの基本的な仕組み自体を理解していない中で、20:00には交渉参加の記者会見で表明するという。この人は何を考えているのかと、怒りがこみ上げてきます。