
7月12日、鹿児島市で行われた参政党・神谷宗幣代表の街頭演説では、常識的な歴史認識と民主主義の価値に根本的に関わる重大な発言がありました。神谷氏は演説の中で、戦前の「治安維持法」について「共産主義者にとっては悪法でしょうが、共産主義を取り締まるためには必要だった」と述べ、この法律の制定を肯定するばかりか、戦前の国家による思想弾圧の歴史を正当化する主張を展開しました。
この発言は、現代社会が守るべき「人権」や「法の支配」といった基本的な価値を根底から揺るがすものであり、見過ごすことはできません。
治安維持法は「共産主義者だけが悪法と思っている」──歴史の切り取りとすり替え
神谷氏の発言で最も問題なのは、治安維持法を「共産主義を防ぐための手段」として評価し、その批判をあたかも特定の思想の持ち主による一方的な言いがかりかのように描いている点です。
しかし、治安維持法の本質は全く違っています。この法律は1925年に制定され、当初は「国体の変革」や「私有財産制度の否認」を目的とする結社を取り締まるものでした。しかし、その後何度も改正され、ついには「目的遂行」つまり思想の共有や会話、関連資料の所持にいたるまで処罰対象とされ、最終的には「内心の自由」にまで国家が踏み込む、極めて危険な法制度に変質していきました。
事実として、治安維持法は共産主義者だけでなく、社会主義者、リベラル知識人、宗教団体、朝鮮独立運動家、さらには反戦的な立場をとった学生や文化人までをも広く弾圧し、自由な言論や思想を根こそぎ奪いました。
創価学会の創設者・牧口常三郎も投獄され、獄死しました。文学者小林多喜二が拷問の末、命を落としました。戦前の日本における人権の蹂躙を象徴する悲劇です。
こうした背景を無視して「共産主義にとってだけ悪法だった」と語ることは、あまりに軽薄で無責任な歴史認識と言わざるを得ません。
歴史を陰謀論で歪める危険性
神谷氏の演説は、治安維持法の肯定にとどまらず、「共産主義者がスパイとして政府中枢に入り込み、日本を戦争に引きずり込んだ」という、滑稽な陰謀論を展開しました。
歴史学の見地から見れば、太平洋戦争に至るまでの日本の道のりは、国際的孤立、軍部の台頭、経済的逼迫、外交失敗など、様々な要因が複雑に絡み合ったものです。これを「スパイが仕組んだ」などという単純な図式に還元することは、歴史を矮小化し、現実から目を背ける行為です。こうした陰謀論的な語りは、特定の敵を設定することで不安や怒りを煽り、社会の分断を助長する危険性を持ちます。
「人権」の軽視と現代憲法への背反
戦後日本は、国民主権と基本的人権の尊重を柱とする日本国憲法のもとで再出発しました。治安維持法は、憲法施行とともに廃止された数少ない法律のひとつであり、それはこの法律がいかに非人道的で、民主主義と相容れないものであったかを如実に物語っています。
神谷氏の発言は、こうした歴史的教訓を否定し、再び「異なる意見を力で封じる社会」への道を開きかねません。思想の自由、言論の自由、表現の自由は、どのような政権であっても決して踏みにじってはならない人類共通の価値です。
神谷代表の発言は、単なる「一政治家の過激な意見」として片づけるにはあまりに深刻です。彼の言葉には、民主主義の根幹を揺るがすような危うい歴史観と、排外主義的な政治スタイルが透けて見えます。私たちは、治安維持法という過去の過ちから学び、二度と同じ道をたどらないよう、歴史の真実に向き合う必要があります。
国民一人ひとりが、人権と自由を守るという覚悟を持ち続けること──それこそが、健全な民主主義を未来に手渡す唯一の道ではないでしょうか。
※この記事は、7月12日に鹿児島市で行われた参政党・神谷宗幣代表の街頭演説内容に基づき、その発言の問題点を指摘・批判したものです。正確な歴史認識と法の支配への理解が、健全な市民社会の土台であることを改めて訴えます。