茨城県立こころの医療センター・土井永史院長からヒアリング
8月25日、井手よしひろ県議ら茨城県議会公明党議員団は、茨城県立こころの医療センターに土井永史病院長を訪ね、「茨城県睡眠医療センター構想」について説明を受けました。これには、井手県議を始め高崎進県議(水戸市選出)、田村けい子県議(つくば市選出)、八島功男県議(土浦市選出)の4議員が参加しました。
茨城県では、県と筑波大学が連携・協力して、茨城県の睡眠医療のレベルを全国トップクラスに高め、県全体の医療を牽引し、他県に類例を見ない魅力的な医療を提供するため、県立こころの医療センターに睡眠医療センターを開設しています。また、この睡眠医療センターを通じて、睡眠医療に携わるスタッフの教育・育成に努め、県外からも優秀な人材を招き入れ、育てることも目的としています。
現在、笠間市友部のこころの医療センター内で行っている睡眠医療の検査・治療体制を水戸市内の施設に移し、患者の利便性の確保や他の病院、歯科医との連携を強化することになりました。9月議会にその整備予算として4830万円を計上して、来年度、水戸市大工町の再開発ビル「トモス水戸・医療モール」内に診療所(こころの医療センターの分院)を開設する計画です。将来的には、研究等も含めた睡眠医療分野の全機能を分院に移すことも検討します。
睡眠医療センターの機能としては、県内の睡眠医療ネットワークの中核を担い、筑波大学国際睡眠科学研究機構(IIIS:トリプルIS)の臨床面のカウンターパートナーとして、睡眠医学の臨床研究を推進します。当面は、①MRI動画と光トポグラフィを用いた睡眠呼吸障害の分類と診断法の開発、②線維筋痛症状、更年期障害における睡眠呼吸障害の関与の証明と治療法開発、③小児の睡眠障害診断法の開発(東芝との共同開発を実施中)、④発達障害(特にADHD)における睡眠呼吸障害の関与の証明と治療法開発、⑤高齢者の認知機能・記憶に及ぼす睡眠障害の影響の評価、などを行います。
具体的には、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の患者、及びその疑いがある方に対して、①光療法、②認知行動療法、③患者・家族教室の開催、④体育プログラム、⑤CPAP、マウスピースなどによる治療を施します。
CPAPとは、マスクを介し気道内に陽圧をかけ(空気を送り込み)、気道の閉塞を防ぐことにより、睡眠時無呼吸を取りのぞく療法です。マウスピースでの治療は、専門の歯科医にマウスピースをオーダーメイドで作成してもらい、下顎が上顎より少し前方に固定されるようにデザインし、気道の確保を容易にします。
睡眠時無呼吸症候群は患者が自覚症状を認識することが難しいたことや、検査を行える医療機関や専門家が少ないということもあり、発見が遅れたりできなかったりすることが多くあります。そこで、睡眠医療センターでは、簡易睡眠時呼吸検知装置(アプノモニター)、終夜睡眠ポリグラフィー検査(PSG)、睡眠潜時反復検査(MSLT)、経皮PCO2測定などを行って、診断を下します。
筑波大学に睡眠科学の研究拠点
睡眠の謎に取り組み、今、ノーベル賞に一番近いといわれる研究者が筑波大学にいます。それが、柳沢正史教授です。柳沢教授は、1998年に睡眠と覚醒のスイッチングに関わり、覚醒に傾かせるオレキシンという物質を発見したことで有名です。この柳沢教授が率いるのが「国際統合睡眠医科学研究機構」(International Institute for Integrative Sleep Medicine :IIIS)。睡眠の基礎科学に焦点を当てた研究拠点で、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点(WPI)の一つに採択されました。年約6億円の研究費が10年間提供され、国内外から200人規模の研究者が集います。
睡眠時無呼吸症候群など差し迫って対処すべき睡眠の病気は多く、その基礎研究も行う睡眠の本質に迫ろうという世界に類のない研究所なのです。
そして、このIIISと連携して、その臨床の場として機能するのが「睡眠医療センター」という位置づけになります。
県立こころの医療センターは、同じく県立の中央病院、こども病院などと連携して、子どもから高齢者まで睡眠障害がもととなるあらゆる病気に対応できます。現状の医療の質を一変させる可能性を秘めています。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは何か
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは、睡眠中に10秒以上の無呼吸や血中酸素濃度低下を伴う浅呼吸(これらを睡眠呼吸障害エピソードSDBと呼ぶ)が頻回に生じる病態を言います。SASの有病率は男性25%、女性9%で、誰もが罹るありふれた病気です。
SASの頻度は加齢とともに増加します。40歳台までは圧倒的に男性に多いのですが、閉経後の女性では頻度が急激に増加し、男性と同程度になることが知られています。
SASでは、SDBのために酸素不足の状態が頻回に生じます。このために、一般に眠りは浅く途切れがちとなり、昼間眠気を催しがちとなります。仮に眠気が目立たなくても注意集中力。気力は低下し、気だるさを自覚するようになります。最近、居眠り運転などの事故との関連でSASがマスコミに取り上げられるようになりました。
しかし、SASがもたらす問題は昼間の気だるさだけではありません。頻回のSDBは低酸素血症を招き、多血症や血液凝固能冗進など血液の性状変化を招きます。同時に交感神経系の活動を冗進させ血圧と脈拍数を上昇させる。このため、SASは高血圧、脳卒中(脳出血・脳梗塞)、心血管疾患を引き起こしやすくします。さらに、脳血栓の原因ともなる心房細動や逆流性食道炎を引き起こします。因果関係は必ずしも明らかでないものの、高率でSASを合併する疾患は数多くあります。
つまりSASを正しく診断し治療すれば、その下流にある疾患の大部分(高血圧、多血症、不整脈、逆流性食道炎など)はよくなるが、これを見落としたまま下流ないし近隣の疾患群だけを治療することは、長い目でみると無益であるどころか、飲酒や安易な睡眠薬内服(いずれも舌根を沈下させ、呼吸を抑制するためSASを悪化させてしまいます)を通して脳卒中を招き、要介護状態を早めることになりかねないのです。
チャールズ・デイケンズの小説「ピックウイックペーパーズ」に登場する太っちよで赤ら顔の少年腹ペコのジョーは、仕事の最中にも居眠りをする人物として描かれています。これが重症SASの亜型であるピックウイック症候群の名の由来となっています。この印象があまりに強烈なためか、現在でもSASは肥満の一種であるかのように思い込んでいる人がいます。
SASをきたす第一の要因は上気道狭窄(小顎症、下顎後退などの先天性の形態因子や肩桃腺肥大など)であり、肥満は二次的要因または増悪因子に過ぎません。実際、国内のSAS患者の40%には肥満がないことが知られています。したがって、肥満がないことを理由にSASを疑わずにいると重大な誤診につながりかねないのです。
睡眠時無呼吸症候群は我が国でもっとも重要な医療課題
SASは「ありふれた病」、「隠れた病」、そして「万病の素となる病」です。しかし、SASに対する関心は一般に薄く、しばしば見落とされているのが現状なのです。
厚生労働省の掲げる「5疾患」のうち「癌」を除く4疾患「糖尿病」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「精神疾患」はすべてSASに関連する疾患です。県立こころの医療センターが専門とする精神科領域でも、SASが見落とされ「アルツハイマー型認知症」「うつ病の遷延化」「統合失調症の重症化」と誤診されて無益な治療が行われていた事例が数多く報告されています。県立こころの医療センターで3年前に行った調査では、1年以上にわたって入院している重症の慢性統合失調症患者の95%にSAS合併が確認されています。しかも、60%が中等症ないし重症でした。
SASの早期発見と早期治療こそが「5疾病5事業」時代の我が国の最大の医療課題であり、睡眠医学は医療のほぼ全域で必須の分野であると、土井医院長は訴えています。
予防医学と歯科・医科連携
多くの医療従事者にSASの重要性を認識していただくことが重要です。SASが疑わしいときに簡易型ポリグラフを用いてスクリーニングを行い、適宜、終夜睡眠ポリグラフを有する医療機関に紹介していただくよう啓発することが必要です。そして、最も効果的で現実的な方法は、「予防医学的な観点を取り入れた歯科・医科連携体制」の構築です。
歯科医療の現場は、単に虫歯の治療を行う場だけではありません。SASの疑わしい事例に遭遇し、最も早くSASに可能性を指摘できるのは、実は歯科医の現場です。子どもから高齢者まで、口腔内をくまなく観察し、SASの原因となる軟口蓋、舌の高さなど上気道の状態を確認できるのは歯科医なのです。そして、SASの治療に有効なマウスピースを作成するのも歯科医の役割です。
歯科・医科連携を実現して、SASの早期発見と早期治療を通して、茨城県の健康寿命を伸ばし、拡大する一方の医療費を適正化する事ができます。
こうした大きな意義を「睡眠医療センター」は担うことになります。
土井医院長の「病は夜つくられる」との言葉が、重く響いた現地調査となりました。
(このブログは、視察時の茨城県立こころの医療センター土井永史院長の説明と笠間医師会会報(2013年5月号)に掲載された「病は夜つくられるー睡眠医学の重要性ー」より構成しました)