「ぼくは風船爆弾」が映画化され、公明新聞(2025/4/11付け)で紹介されました。
「ぼくは風船爆弾」の上映は、原則、文化施設や会館などで行う予定です。映画館での配給にはなりません。現在最終的なブラッシュアップ作業を行っており、GW明け以降具体的な上映についてご案内できると思います。
公明新聞より引用(2025/4/11付け)======
太平洋戦争末期の日本に実在した殺人兵器を主題にした映画『ぼくは風船爆弾』(松村克弥監督)が、先月開催された茨城県取手市の「取手映画祭」で初上映された。作家・高橋光子氏が実体験をつづった同名小説(潮ジュニア文庫)を基に、元公明党取手市議の城之内景子さんが「今こそ平和の大切さを次世代に」と映画製作をプロデュースした。
■平和の大切さ次世代に/女学生の悲史と夢つむぐ
風船爆弾は、和紙でできた直径10メートルの気球に爆弾をつるした兵器。敗戦が濃厚となり資源が枯渇した状況下、偏西風に乗せて米国本土を攻撃する目的で考案された。10代の女学生たちが昼夜問わず製造作業に駆り出され、1945年4月ごろまでに約9000個が放たれた。
映画のストーリーは、実写とアニメーションを融合して描く。擬人化された風船爆弾「ほくと君」と、過酷な労働を強いられながらも懸命に今を生きる女学生たちの心の交流が軸。かつて放球基地が置かれた茨城県北茨城市の海岸を舞台に、史実を丁寧にひもときつつ、人気俳優やトップ声優が熱演して戦争の実相を浮かび上がらせた。
3月20日の「取手映画祭」には、100人以上の市民らが来場。同県日立市から参加した男性(49)は、「80年前の女学生は、自由がない中でも将来に向かって夢を抱いていて頑張っていたことが印象的だった。80年後も若者が平和で希望を持って暮らせる社会にしていきたい」と話す。
また、取手市内に住む女性(68)は、「世界で戦争が絶えない今こそ、たくさんの人に見てもらいたいタイムリーな内容だった。悲惨な歴史を私たちが次世代に伝える使命があると感じた」と語っていた。
■原作との出合い
上映後には、松村監督や出演者などによるトークショーが開かれた。
松村監督は「戦争が女性たちにもたらす悲劇を描こうと思っていたところ、今回の原作に出合えた。戦後80年を迎え、当時を知る人が少なくなってきているが、原作者へのインタビューも含めて貴重な話を形にすることができて良かった」と熱を込めて語った。プロデューサーの城之内さんは、「次世代を担う世界中の若者たちにもこの映画を見てもらい、『戦争ほど悲惨で愚かなものはない』というメッセージを伝えていきたい」と決意を述べた。
取手映画祭は、公明党の染谷和博市議が実行委員会事務局長として開催に長年携わっており、今回の上映にも尽力した。
映画は今後、市民ホールや学校など各地の“非劇場”で上映される予定。城之内さんと共に映画をプロデュースした亀和夫さんは、「全国の中学校や高校で上映し、映画の主人公と同世代の子どもたちにも見てほしい」と展望を語った。
■取材後記
今回の取材まで「風船爆弾」という兵器について聞いたことがなかった。か弱い女学生が手に血をにじませながら作った巨大な風船爆弾は、ほとんどが目的地にたどり着かなかったものの、6人の民間人が犠牲になった。尊い命と人生が理不尽に奪われる戦争。絶対に繰り返してはならない。彼女たちの“80年後”を生きる記者として固く決意した。