9月1日、日立市に若者のための広場がオープンしました。「河原子北浜スポーツ広場」には、1000m2のコンクリート舗装されたニュースポーツ広場が整備されています。オープン当日には、スケートボードやBMXの愛好が多数集まり、エキジビションが盛大に行われました。
このニュースポーツ広場の構想が浮上したのは、今から5年前の10月でした。以前、東成沢に住んでいた時に、近所付き合いをしていた青年・ケンタ君から電話がかかってきました。当時、ケンタ君はスケートボードに熱中しており、「日立市ではスケートボードが自由に出来る場所がない、土浦では駅前に立派な施設が出来ました。何とか、元気のない日立にパークを作って、若者が集まる街にしたいのですが、手伝ってくれませんか」との内容でした。
ケンタ君の電話を発端に、私は市の担当者にお願いして、スケートボードやBMXの仲間たちにも集まってもらい、意見を聞く会合をもちました。忘れもしません、2002年10月18日です。仕事を終えて池の川の体育館前に集まったのは、ケンタ君をはじめとするスケボー仲間が20数名、BMX愛好グループが10名。いずれも、池の川の体育館前や日立駅前、シビックセンターなどで、日頃、練習をしている若者たちでした。
愛好者が気軽に集まって、安全に練習ができ、通行人や周辺住民に迷惑がかからないような場所を確保してほしい、との声が多く寄せられました。
その後も、数回、日曜日やウィークデーに有志が集まり、パークを作るための話し合いがもたれました。
そして、その年の12月から翌年の2月にかけて、「日立市にアクションスポーツパークを作る会」(代表:真木規至さん、平尾友也さん)を中心に署名運動が行われました。
2003年2月10日、作る会のメンバーの代表は樫村市長に集まった6093人分の署名と提出しました。席上、ケンタ君は「全国から多くの友の賛同の署名が集まりました。日立にパークができれば、こうした若者が日立に集まると思います。どうか日立に元気を取り戻すためにも、パーク建設を実現してください」と、強く訴えました。
日立サーフィン連盟(会長:井上凡時さん)が、河原子海岸北浜に、駐車場や更衣室、シャワーなどの施設整備を求める要望書を提出したのも、同じく03年の2月27日でした。
この署名と要望は、樫村市長の琴線に触れ、河原子北浜スポーツ広場の整備計画の中で、「ニュースポーツ広場」として具体化していきました。
しかし残念ながら、9月1日の晴れの日にケンタ君の笑顔はありませんでした。多くの友人に惜しまれながら、突然の病で帰らぬ人となっていたからです。一人の青年の熱き思いが染みこんだ「ニュースポーツ広場」、私はその広場を「ケンタ広場」と勝手に呼んでいます。合掌
(写真下:2002年2月10日、樫村市長に要望事項を説明するケンタ君(左側))
参考:スケートボードやBMXが気軽に安全にできる公園整備を要望
参考:アクションスポーツパークを日立に<設立要望に6093名の署名>
参考:河原子北浜広場、夏までに着工し19年に完成予定