7月29日、ジュネーブで開かれていたWTO・世界貿易機関の閣僚会合(ドーハラウンド=多角的貿易交渉)は、農産物の市場開放をめぐる先進国と発展途上国の対立が解けず決裂しました。
この交渉は、輸入品にかかる関税や規制を減らして、貿易の自由化を促進することによって、世界各国の産業・経済の発展を促す目的で7年前から始まりました。様々な利害が対立し、交渉は決裂や中断を何度も繰り返してきました。それは、自由化をめぐって途上国と先進国の鋭い利害対立が続いたからに他なりません。
インドやブラジルを中心にした途上国側は、外貨を獲得するために農産物を先進国に輸出しようとしますが、日本やEUは農産物に高い関税を掛け市場を保護したり、アメリカは多額の補助金を農家に支払い国際価格より安い値段で売りさばいたりしているために、輸出が制限されていると主張しています。
一方、日本やアメリカやEU諸国は、輸入障壁の撤廃の見返りとして、自動車や家電、化学製品といった工業製品の関税の引き下げを途上国側に迫っています。
ジュネーブの閣僚会合では、日本を含めた先進国と途上国の代表的な7カ国にWTO事務局から妥協案が示され、これを元に大枠合意に向け、いったんは最終調整に入りました。妥協案は、欧米が農業補助金を大幅に減らすことなどの内容で、先進国と途上国の双方が痛みを分けあう事で、妥協を成立させる内容でした。
しかし、土壇場になって農産物の緊急輸入制限(セーフガード)の問題で、交渉は頓挫しました。食料輸入国でもあるインドと中国は、零細農家を守るために、この措置を発動しやすくするよう主張しました。しかし、農産物の大輸出国・アメリカは、輸入制限の乱用につながりかねないという理由でこの提案を拒否。結局これが引き金となって、交渉は決裂しました。
自由貿易と食糧安保
現在、途上国では食糧をめぐる暴動が発生するなど、食糧生産・供給の問題が頻発しています。フィリピンで主食のコメが足りなくなり抗議行動が起きたのも、安い輸入米によってフィリピンの米作農業が崩壊し、その後、フィリピンに米を供給する国々が、自国の食糧確保のために輸出禁止政策をとったことが原因でした。
食糧を海外からの輸入に頼らず、自給できるように体制を整えること=食糧の安全保障(食糧安保)は、自国民を守る上でも重要な政策です。しかし、輸入の自由化によって安い農産品が流入し、国民の多くがこれを買うようになれば、国内の農業が崩壊してしまうのはフィリピンなどの例を見れば明らかです。
一方、日本が優位にある工業分野では、関税自由化は産業にとって大きな恩恵になります。このため、経済界ではドーハラウンドの合意を待望する一方、農業は自由化への危機感を募らせていたというのが実情でした。
ドーハラウンドが合意に至らなかったのは残念ですが、WTO交渉は世界経済の健全な発展のためにも進める必要があります。これからも合意に向け粘り強く取り組んでいくことが必要です。
ドーハ・ラウンド決裂で二国間交渉の流れが加速
ドーハ・ラウンドが決裂したことで、今後は二国間で貿易体制を取り決めるFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の動きが活発化するでしょう。
日本はこれまでに9カ国・地域との間でEPAを締結し、さらに6カ国・地域とも交渉中です。これまで日本はWTOによる自由化を主として考え、二国間交渉はそれを補完するものとしてきたため、他国に遅れをとっています。今後は各国とのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に力を入れることになるのですが、農業分野の解放が難しく、不利な立場に立たされる怖れがあります。自由化に向けて、農業分野については一層の体質強化を進める必要があります。
関税引き下げを前提に、農政の方向転換を
日本では、農業分野のいっそうの市場開放を免れたことで、農業関係者からは安堵の声が聞こえてきます。
しかし、大幅な関税引き下げの例外、いわゆる重要品目の割合を8%にしてほしいという日本の主張は、ドーハラウンドでほとんど相手にされませんでした。高い関税で農産物を保護するやり方は、既に限界にきているといえます。国内産作物も、輸入農産物の価格に徐々に近づけながら、所得の目減り分は、政府が税金で保障して行く方向にシフトしていく必要があります。
EUは15年以上前にこうした方向に政策を変えた結果、生産は安定し、国際的な競争力も向上したといわれています。食料価格の高騰で、国内生産の重要性に対する認識は深まっています。政府が補償する所得の範囲をどのように決めていくかなど難しい問題もありますが、政府は様々な選択肢を国民に示しながら、日本農政の方向性を模索する必要があります。