6月8日、「日本ALS協会茨城県支部」の平成26年度総会が、小美玉市の四季健康館で開催されました。ALS患者・家族の集まりである日本ALS協会茨城支部は、平成9年5月25日に設立されました。ALSとは難病の一つである「筋萎縮性側索硬化症」の略で、足や腕の筋肉が萎縮して歩行や運動が困難になり、やがて呼吸も自分では出来なくなり、死に至る病です。抜本的な治療法がないため、その患者や家族は大変なご苦労を強いられています。井手よしひろ県議は、設立準備の段階から茨城支部の活動にかかわり、ALSの克服を目指しています。
この日の総会では、自らもALS患者である土居賢真氏(東京都中野区在住、元守谷市在住)の「ALSと共に生きる」との演題の講演。具体的で非常にわかりやすい内容で、多くのALS患者や家族に参考になると思います。講演内容をブログ管理者の責任で文字起こしを行いました。内容に問題や誤りがある場合はご指摘下さい。
社会資源の活用について
わが国には私たちの生活を支えるさまざまな社会制度があり、症状や障害に合わせて、社会資源を有効に活用して生活をより豊かなものにできます。残念ながらこれらの社会資源は複雑な点があり、また大きな地域間格差もあります。ALSは進行性ですので、病状や身体障害の程度によってそれらの施策をうまく利用していきましょう。
今回はその中でも特に経済面の話をしたいと思います。
幸いわが国は福祉はある程度充実しています。様々な社会資源があるはずです。それらを活用すれば家族の負担を最小限に抑えつつ生きることができます。いま私たちに必要なのは社会資源を俯瞰した冷静な判断です。採るべき手段はその先にあります。
1.ALSと診断を受けたら
診断した医師や訪問診療医・保健所等の難病担当保健師に相談する。
在宅療養を希望する方は、早めに信頼のおける訪問診療医と訪問看護ステーションと契約しておきましょう。その際には、24時間対応/最低月2回訪問の在宅医学総合管理料1(在医総管1)にしてもらいましょう。また、胃ろう造設等の入院が出来る病院を確保しておきましょう。介護保険を利用できる場合はケアマネージャーに相談します。
症状の悪化に前もって備えておくことは、大変な心理的抵抗がありますが、後手に回ると状況が連鎖的に悪化しますので、早めの備えが大事です。心理的に難しいですが、胃ろうは早期に造り、ロから食べるのと並行して経管栄養食を入れて体重を維持した方が、ALSの進行が遅いというエビデンスがあります。私の体験から言って、皆さん、体重は維持してください。
今、振り返ると私の最大の反省は、診断・告知から1.2年内に自分で介護事業所を作らなかったことです。それ自体が日々の糧足りえますし、親にかけた負担ももっと小さくできたかもしれません。もちろんALSは高齢者介護と異なり、医療的ケアがメインとなるので、それが決定的に不足している、当時住んでいた市では実際には不可能だったかもしれません(現在は東京都中野区に住んでいます)
幸いALS協会には、数多くの介護事業所を立ち上げたノウハウがあります。皆さんには介護事業所を作ることをお勧めします。
2.医療費はどうする?
【1】特定疾患医療受給者証を申請しましょう。
ALSを含めた数十の難病が特定疾患に指定されています。保険証と共に特定疾患医療受給者証を提示することにより、実質的な医療費負担はゼロにちかくなります。申請は所管の保健所で行います。ALSの確定診断を得た検査入院費用も申請書を提出することで払い戻しを受けることが出来ます。
なお、特定疾患医療受給者証は医療機関別に必要です。
【2】身体障害者手帳(以下「身障手帳」)の交付を申請しましょう。
公的支援を受けるには「身障手帳」が必要です。障害等級は病状が進めば変更できます。全ての主治医が「身障手帳」のことを教えてくれるとはかぎりません。自分から主治医の先生に相談しましょう。申請から交付まで1ケ月以上かかります。
【3】高額療養費の還付制度を利用する
【4】身体障害者手帳で障害者医療費助成制度(重度障害者医療証等)を利用する
【5】雇用保険・生活保護・生命保険等を利用するこの点で大事なのは、いかに「収入を最大化し、支出を最小化」するかです。
【6】勤務先の制度を確認しましょう。
病状が進行し、仕事が続けられなくなった時の休職制度や収入の確認をして、これからの家族の生活に必要な準備をしましょう。
一定規模の事業所には、障害者の雇用義務があり、8割の事業所がそれを満たせずに、ペナルティーを支払っている現状です。従って、皆さんは気に病むことなく、なるべく在職あるいは休職を引き伸ばしたほうがよいです。おそらく皆さんの大部分は働き盛りの年代だと思います。会社にとっても、ALSという病をもった皆さんの経験とノウハウは、大いに経営にプラスになるはずです。それを必要としているはずです。
ALSについては、直属上長や信頼できる上司に相談した上で、正直に人事部門に申し出たほうが良いと思います。ALSの進行は非常に個人差が大きいからです。また、正社員に限って言えば、日本の労働法規は出勤不能になるまで、いや不能になってさえも安易な解雇を許さないからです。外回りの営業や技術職を主たる業務とされている方は、症状が進行して以前の業務が難しくなった場合、事務部門への配転を希望することが出来ます。
事務部門であれば、たとえ上肢の症状が進行してもスクリーンキーボードやウインドウズに対応した支援ソフトがありますし、足で動かすマウスもあります。下肢の症状が進行しても、杖や車椅子、電動車椅子を活用することで就業が可能になります。
もちろん怪我をしては元も子もないので安全に気をつけて。車通勤の方は、慎重であるべきです。ご家族に送迎いただくのも一案です。
健保組合によりますが、休職期間中は傷病手当金が出ます。受給にあたっては、数ケ月ごとに診断書が必要なので、このころには訪問診療医を見つけておいたほうが良いです。
退職金については、自己都合退職や病気退職以外に「休職期間満了による退職」を規定している場合があります。この場合、いくらか加算されていると思います。
もちろん失業保険も受給できます。障害者は支給期間が長くなります。
【7】生命保険は解約せずに、高度障害保険金を受け取りましょう。
解約は出来るだけ避けたほうが良いと思います。経済的事情が許す限り、契約を維持してください。なぜなら生命保険は死亡だけでなく、高度障害状態になっても死亡時と同額の保険金が全額支払われるからです。これに対して解約返戻金は、保険金額に比べて少額です。いったん解約してしまうと、私達のような重い疾患を抱えている人間は標準下体(ひようじゆんかたい)と呼ばれ、まず生命保険に加入できません。
高度障害とは怪我や病気で就労する事が困難になったとき、被保険者の生活や治療費を補てんすることを目的に付加されています。発症時期を証明する書類等を揃えて下さい。
まずないと思いますが、契約締結と発症時期が近接している方は注意してください。契約締結の前に疾患の症状や原因があったときは、不担保となり高度障害保険金の支払い対象とはなりません。
生命保険を分かり難くしていることの一つとして、終身保険と定期保険の違いがあります。
終身保険:保険期間を定めず、保障が本人が死亡及び高度障害になるまで続く保険です。たいてい保険料払い込み期間が定められている(たいてい60歳で払い込み終了)。いわば保険金に達するまでの積立貯金です。人は必ず死ぬからです。生保はコレが基本契約になります。
定期保険:一定期間内(たいてい60歳まで)の死亡及び高度障害に際して保険金が支払われる保険。本来の意味の保険です。終身保険に比して保険料が割安です。日本人の大半は60歳までに死ぬ確率が低いからです。保険期間満了まで何も起きなければ掛け捨てになります。
これら二つの保険それぞれの
①保険金額、②一月あたりの保険料、③保険期間(生命というリスクが担保されている期間)、④保険料の払込期間、を必ず確認してください。保険の勧誘員さんの言いなりにならずに、自分で、家族で調べましょう。
多くの方が「定期つき終身保険・入院特約付き」という契約かと思われます。従って、定期保険部分がいつ満了するかを確実に把握していることを前提として、日々の生活に支障がない限り、なるべく高度障害保険金の請求を先延ばしにしたほうが得策です。入院特約を活かしておいた方が良いと思います。入院特約は何度も使えるからです。
なぜかというと、高額療養貴制度は個室料に適用されないからです。私達は最低でも、胃ろう造設と気管切開で2回手術・入院することになります。その際は、病院から「個室ならOK」と言われることが多いのです。その個室料に入院特約が役立つのです。
契約を維持するためには保険料を払いつづけねばなりません。これは進行が遅い方にとっては痛し痒しです。これらは全てケースバイケースです。
定期保険の終了日が近接している方は、「早めに」高度障害の診断書を医師に書いてもらい、定期保険と終身保険の全額を受け取った方が良いでしょう。定期保険の保険期間を過ぎてしまうと、定期保険金を請求できなくなります。
「月々の保険料を払うより保険金全額を受け取った方がいいよ」という方は、高度障害になり次第、保険金を請求しましょう。定期保険だけ受け取って、終身保険と入院特約を生かしておくのは制度上できません。
とにかく生命保険の解約は避け、高度障害保険金を受け取りましょう。
【8】住宅ローン
住宅ローンは高額のため、万が一というときのために、団体信用生命保険(通称「団信」)が通常掛けられています。これは、住宅ローンの返済途中で死亡、高度障害になった場合に、本人に代わって生命保険会社が住宅ローン残高を支払うというものです。
【9】税金/住民税/国民健康保険税/各種税控除
- 固定資産税
生活保護法を受けている方は、原則として全額が減免の対象となります。 - 住民税
障害年金は住民税の課税対象とはなりません。さらに、障害者控除があるので、住民税が安くなったり、免除される場合があります。 - 国民健康保険料(税)
国民健康保険料(税)の計算方法は、市区町村によって様々で、その金額は2倍以上違います。障害認定を受けたことで、国民健康保険料が変わることはありません。ただ障害者であれば住民税の面で障害者控除があるので、住民税が変わることはあります、住民税が変われば、その額をもとに計算されている国民健康保険の保険料は変化します。
病気などにより生活が著しく困難になった場合や、前年より大幅に所得が減った場合などに保険料の全部、または一部が免除されます。申請手続きは各市区町村役場で行いますが、認可が降りるには審査があります。納付が困難な場合は相談に行かれることをおすすめします。 - 障害者控除
納税者自身又は控除対象配偶者や扶養親族が所得税法上の障害者に当てはまる場合には、障害者一人について27万円、特別障害者に該当する場合は40万円の所得控除を受けることができます。
身障手帳を持っていて、障害の程度が1級又は2級の人が特別障害者になります。また、引き続き6ケ月以上にわたって身体の障害により寝たきりの状態で、複雑な介護を必要とする人も特別障害者となります。手帳を申請中であっても、一定の要件を満たせば控除が受けられます。 - 医療費控除
納税者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者やその他の親族のために支払った医療費が医療責控除の対象になります。対象となる金額は、10万円を超した金額から最高で200万円です。控除を受けるためには確定申告が必要です。医療費の支出を証明する書類、例えば領収書やレシートなどを、確定申告書に添付します。医療控除の範囲はかなり広く、交通費や介護保険の自己負担分、ティッシュペーパー等の消耗品も含みます。
本人や家族の都合だけで個室に入院したときなどの差額ベッドの料金は、医療控除の対象になりません。 - 世帯分離
自立支援制度においては住民票の「世帯」全体を見ることになりました。
そのため、まだ現役で仕事をしている親御さんと同居している場合は課税世帯であることが多く、上限が37,200円となっています。
そうなるといろいろとある減免措置はほとんどが低所得者向けになっているので、原則どおりにしっかりと1割負担をすることになります。
そうした背景で選択する人が多いのが、「世帯分離」という方法です。今回の制度上、世帯とはあくまでも「住民票が一緒」という定義になりました。ですから、同居していても住民票が別であれば、障害者本人のみの世帯で、収入も本人のものしか見ないというわけです。
ただし、これには少し注意する点もあります。まず、国民健康保険を使っている人は住民票が独立した段階で本人が国民健康保険に加入しなければなりませんので、収入に応じた保険料を支払わなければなりません。しかし、これは年額でそう大きな額にはなりませんので、サービスを毎日使う人は保険料を払っても減免になる額の方が大きいと思います。
次に税金の控除に関しては障害者の扶養控除はそのまま適用されます。ただし同居の控除だけは適用にならないようですので、若干控除額は減りますが、これもそれほどの金額ではありません。
比較的影響を受けるのは、自動車税の免除が受けられなくなることです。障害を持つ人のためにもっぱら使用するという目的で使用する車1台分の自動車税が免除になるのが世帯を別にすることで適用外になります。車の排気量にもよりますが年1回2~4万円程度です。
さらに、そもそも本人の一人世帯になったとしても本人名義の貯金が500万円以上ある場合は年収が低くても「一般世帯」と同じ上限になってしまいます。この本人名義の貯金の確認方法もいろいろと議論がありますが、原則としては市町村が本人の年金が振り込まれている通帳だけを確認する方法のようです。
これらの注意点を念頭において、世帯分離をするかしないかはそれぞれの判断です。
【10】障害年金の受給を早めに申請しましょう。
障害年金はALSを発病し病院で診察を受けた日(初診日)から1年6ケ月経つと申請できます。「症状が固定した日」と書かれていますが、進行性のALSは症状が固定することはないので1年半と決まっています。初診日は診断が確定した日ではありません。「何か変だな」と思って診察を受けた日です。
厚生年金に加入している人は、1級・2級と認定されると障害基礎年金と障害厚生年金が受給できます(共済年金の人は障害基礎年金と障害共済年会)。老齢厚生年金は加入期間が20年ないと受給できませんが、障害厚生年金は加入期間分の平均を計算する形で受給できます。配偶者や子供がいると加算されます。老齢厚生年金と障害厚生年金の併給は出来ませんので、65歳になったらどちらか高額なほうを選択することになります。
初診日が61歳、いま62.5歳だけど、在職中だしもうすぐ老齢年金がもらえるから申請しない、というのは得策ではありません。一年半たてば何らかの障害が出ますので申請しましょう。尚、障害年金の障害等級と身障手帳の障害等級は認定基準の異なる別物です。
申請に必要な「病歴・就労状況等申立書」を作成するために、発病から初診日までの経過、その後の受診状況、症状、仕事や日常生活の状況等を時系列で具体的に記録しておくことをお勧めします。特に若年発症組は、早期に障害年金を受給したほうが良いです。1級になれば国民年金保険料が全額法定免除になり、保険料を三分の一払ったとみなされます。
進行が遅い場合、あるいは極端に早い場合、国民年金保険料は無職になればとりあえず2年間くらいは免除してもらえます。ただし、同居家族に収入がない、あるいは低収入だった場合です。とにかく窓口で相談しましょう。相談せずに滞納は一番まずい結論です。
終わりに
難病治療はここ2.3年大きな前進をしています。筋ジスは軽症化するウイルスベクター療法が去年からオランダで始まりました。10年後には筋ジスは死なない病気になるかもしれません。
パーキンソンも有効な新薬が続々と開発されています。
ALSは、未だ病因遺伝子や機序の解明には至ってないものの、現象面で大きな発見がありました。患者の神経細胞にTDP43というタンパク質が、異常に凝集していたのです。さらに驚くべきは、すでにTDP43を取り除くウイルスベクターも東大で完成しているそうです。これは根治療法たりえますので、早期の治験に期待しましょう。必ずALSも治る病気になります。
正直言うと発症から3年たつまで呼吸器を着けた患者さんを正面から見ることができませんでした。海野さん(茨城支部事務長・海野幸太郎さん)に「目が悪い人は眼鏡をかける。人工呼吸器も同じです」と言われて目からうろこが取れました。私が今生きているのは、海野さんとここにおられる先輩の患者さんから励ましをもらったからです。「君は生きていいんだよ」と。
確かに十万人に一人という発症率は簡単に受容できるものではありません。しかし医療の進歩は日進月歩です。これは薬だけではありません。人工呼吸器は、この通り小さくなりました。カファシストという人工的に咳を起こす機械は先輩患者が、ここにいる方も含めて、粘り強く陳情して保険適用を認めさせました。これは肺炎を劇的に減らしました。コミニュケーションも文字盤とノートパソコンで簡単にできます。この講演の資料も私がパソコンでつくりました。本も電子化して読めますし、音楽CDはパソコンにまとめて入れられます。呼吸器生活は殺伐でも退屈でもないのです。呼吸器を着ける前も、そしてつけた後も、私は私であって個性を失いはしません。皆さんも同じです。それが「ALSと共に生きる」ということではないでしょうか?
ご清聴ありがとうございました。