5月6日、投票が行われた英国下院議員選挙(英総選挙)の結果は、日本の政界にも大きなインパクトを与えています。二大政党政治のお手本としてもてはやされた英国議会は、どの政党も過半数を取れないという36年ぶりのハングパーラメント(宙吊り議会)の状態に陥りました。
各党の獲得議席は、定数650に対して保守党が299議席(改選前193議席)、労働党253(345)、自由民主党54(63)、その他27となりました。
英国の選挙制度は、各選挙区で一番多い票を得た候補者1人に議席を与える単純小選挙区制です。第1党が過半数の議席を得やすく、政権交代や政治の活性化を促すという長所があります。一方、各党の得票率が議席に反映しづらい、つまり死票が多いという欠点もあります。
今回の英総選挙は、3つの点で大きな示唆を私達にも与えていると思います。
その第一点は、選挙至上主義への反省です。8日付の朝日新聞に北海道大学の山口二郎教授のインタビュー記事が掲載されています。山口教授は、「二大政党システムを突き崩した最大の要因は、労働党が保守党基盤を崩すことを最優先に、選挙至上主義に陥ってしまったことだ。左派政権が掲げきた平等や反貧困といった理念を捨ててしまった」と指摘しています。その上で、「選挙至上主義は日本の民主党とも重なる。<中略>選挙の勝つためなら何でもするという姿勢は、有権者の政党政治への幻惑をまねく」と述べています。
第2点は、政党政治の中で個々の議員の資質が今一度見直されたということです。昨年、英国が深刻な経済危機に晒されたなかで、国会議員たちによる経費乱用の実態が暴露されました。国民の多くが反対したイラク戦争では、その声を無視して、労働党政権は参戦に踏み切り、保守党もそれを支持しました。英国では、投票する基準をどの政党に属しているかに重きをおくといわれていますが、政治家本人の人間性や有権者との距離感など、政治家そのものを評価しようという流れが、今まで以上に大きくなったようです。
第3の視点は、選挙制度それ自体の見直しが、真剣に議論され始めたことです。
朝日新聞は、5月8日付社説で、次のように指摘しました。
二大政党が負った疑問符
朝日新聞社説(2010/5/8)
2大政党に対する有権者の不信は大きい。昨年、国民が経済危機で失業などの憂き目にあっているとき、国会議員たちによる経費乱用の実態が暴露された。また、イラク戦争で労働党政権は、多くの国民の反対にもかかわらず参戦に踏み出し、保守党はそれを支持した。長引く経済不況についても両党の解決策に大きな違いはない。
だが、人々の不信感は両党に対してだけではなさそうだ。二大政党制そのものにも向いている。過半数の議席を得て思い通りに政権運営をする大政党は、しばしば国民の負託を忘れ去り、いつしか支配層意識に染まる。経費問題やイラク戦争での両党のふるまいがその証拠と人々は感じていた。
また、グローバル化による格差の拡大や価値観の多様化に伴い、2大政党とそれを支えてきた小選挙区制だけではもはや民意を吸い上げきれない現実がある。自民党は以前からそうした問題点を指摘して、比例代表制の導入を求めている。
英国の民主主義は、曲がり角にさしかかっている。
英国の政治制度をお手本にしてきた日本は昨年、自民党から民主党への政権交代を実現したが、2大政党がともに政治不信を招き、有権者の離反を招いている構図は英国と重なる。
英国で、2大政党に向けられた不信と小選挙区制が示した限界。日本の各政党も自らへの問いとして受けとめるべきだろう。
今回の英総選挙は、第三党の自由民主党は、得票率で労働党とほぼ同じ22.9%を確保したものの、獲得した議席は前回を10議席下回り54議席に甘んじました。同じ得票率で、議席が約200議席も差が出ることは、選挙制度の欠陥といわざるを得ません。前出の山口教授は「英国の有権者は、死票が多い小選挙区制度にフラストレーションを抱き、第3党の自由民主党が繰り返し求めてきた比例代表制の導入に理解を示し始めている。日本では衆院を単純小選挙区制にしようという動きがあるが、時代に逆行している」と述べています。
英総選挙は、単なる対岸の火事ではありません。7月の参院選挙に向けて、日本の政党や有権者もその趨勢を注意深く見ていく必要があります。