地域包括ケアサービスの根幹をなす『訪問診療』が大きく揺れています。
今年4月から訪問診療の診療報酬が大幅に減額となりました。診療報酬は医療機関に支払われる“医療報酬の金額”。診療行為ごとに国が単価(診療報酬)を決め、2年に1度改定されます。
訪問診療の報酬引き下げは、最大75%減額という極めて異例なものでした。月2回以上定期的に訪問診療する場合、老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者住宅(サ高住)、マンションなど「同じ建物」に住む複数の患者を「同じ日」に診察すると診療報酬を約4分の1に減額するとしました。
在宅医療に熱心に取り組む医療機関にとって、これほど大きな打撃はありません。特に、訪問診療に特化した診療所にとっては死活問題にもなっています。高齢者施設の患者は80~90歳代が多く、認知症などいくつも病気を抱えていたり重症化したりしています。医師や看護師にとって患者を1人ずつきちんと診察することは、「同じ建物」であっても、大変な時間と労力が必要。今回の減額は現場の実態を無視し他ものとの批判が高まっています。また、地域包括ケアシステムの整備に急ブレーキをかけるものとの意見もあります。
大きくなる批判の声に、厚生労働省は「緩和策」を導入しました。日を変えて「1日1人だけ」訪問などすれば減額しないという修正案です。採算ラインを割り、訪問診療からの撤退、閉鎖を余儀なくされる診療所も現れるなど事態は深刻です。
一方、高齢者の施設側にも大きな影響が出ています。訪問診療を1日に集中して受け入れることができないため、受け入れる回数が激増し、ヘルパーがその対応に四苦八苦しています。
結果的に、訪問診療がなくなることの一番の被害者は、高齢者・患者、そしてその家族です。
介護付き有料老人ホームなどに入居する患者を紹介する見返りに、医療機関から手数料を受け取る「患者紹介ビジネス」が、昨年夏以来、新聞報道をきっかけに問題化。厚労省は、こうしたブッラク業者・施設の存在を理由に診療報酬を減額しました。たしかに、医療・介護の現場を食い物するこうした事業者を規制することは重要ですが、まじめに在宅医療の取り組む医療者を苦しめることは筋違いです。「悪貨は良貨を駆逐する」典型となってしまっています。
6月8日付の毎日新聞の3面には「訪問診療/撤退の動き」との大きな記事が掲載されました。
訪問診療/撤退の動き
毎日新聞(2014/6/8)
◇医師「採算合わない」
2月末、大阪府の医療法人事務長が全国で数十カ所の有料老人ホームを経営する東京の業者を訪ねた。法人は、都内のホームなどこの業者が運営する2カ所の施設に医師を派遣している。対応した担当者に事務長は「専門職として患者を放り出すのは大変忍びない」と切り出し、「だが」と言葉を継いで頭を下げた。
「この報酬では事業体として持たない。4月に遠方の施設からは撤退します」
結局、業者には計三つの医療機関から撤退の通知が届いた。訪問診療を受ける5施設計350人の入居者は、平均年齢84歳。認知症で通院できない人、定期的な体調管理が必要な人も多い。仰天した担当者は全国をかけ回り、ぎりぎり3月末に別の医師を確保したものの、楽観はしていない。「4月分の報酬が払われるのは6月。第2の撤退の波が7月に来るのでは」
医師が高齢者のグループホームなどを訪れると、3月までは同じ日に複数の患者を診ても1人当たり2000円の技術料を請求できた。さらに同じ患者を月に2回以上訪れると、月5万円が加算された。ところが、4月以降はこうした「一括診察」をすると技術料は半減される。そして同じ患者を月に2回訪れる場合、2回とも一括診察であれば加算は75%カットとなった。
厳しい措置に2月以降、訪問診療からの撤退が相次いでいる。また多くの医療機関は「一括診察は月1回」「同じ施設では1日1人しか診ず、同一施設を連日訪れて患者数を稼ぐ」という防衛策に走っている。
5月末の昼。横浜市港南区の高齢者グループホーム「クロスハート港南・横浜」に入居する80代の女性は、昼食を後回しにし、区内の診療所「ホームケアクリニック横浜港南」の足立大樹院長(44)の往診を待っていた。自ら運転して回る院長の訪問先は、午前中に6軒。4月以降「1日1患者」の往診先が増えて移動が忙しくなり、到着時間が読みにくくなった。
「トイレが頻繁でぼうこう炎が心配なの」。そう訴える女性に足立院長は尿検査を勧めた。結果は問題なし。20分弱の診察に女性は「ずっと不安だったので、安心した」と笑顔を見せた。
このホームには20人弱の患者がいる。同診療所は医師を月に2回派遣し、1回で全員診察することで各患者を月に2回ずつ診ていた。それが4月以降は「一括診察」を月1回に。常勤医を1人増の5人とし、交代で連日訪れ患者全員を2回ずつ診るようにした。
それでも訪問診療先は14施設、自宅住まいの人も含めた往診患者は700人に上る。8施設の120人は従来通り月2回でまとめて診ざるを得ない。人手は足りず、月に20件前後ある訪問診療の申し込みはやむなく断っている。
八王子市など都内で三つの診療所を運営する医療法人財団「共立医療会」も、「1施設1患者」の診察を取り入れた。施設には昼休みを削って連日通う。だがすべてに対応できず、減収は年750万円に及ぶ。杉山修次理事長は「黒字は見込めず体力的にも厳しい。訪問診療をどこまで継続できるのか」と不安を口にする。
医師を受け入れる側の介護施設にも影響が出ている。兵庫県の施設では4月から、職員が事前に入居者の血圧や体温を測っておかねばならなくなった。病院側の人件費削減で、看護師が医師に同行しなくなったためだ。医師が連日訪れるようになった横浜市栄区の施設は、対応に大わらわ。担当者は「時間調整が大変。お風呂に入れなくなる人、散歩に行けなくなる人が出ている」と嘆く。
◇在宅医療推進に逆行
厚労省が訪問診療に切り込んだのは、高齢者住宅を管理する業者らが医師に入居者をまとめて紹介し、見返りに報酬の数%を受け取る事例が横行していたことが背景にある。1日に60の施設を回って荒稼ぎする医療機関もあったという。
減額により悪質な事例は減ったようだ。また訪問診療の現場には、新たな効果を生んだと評価する声もある。鹿児島市の「ナカノ在宅医療クリニック」の中野一司院長はその一人。「1施設で患者1人」の診察が増えたことで「顔と診療内容が一致し、診療が丁寧になった」という。施設に多くの医師が出入りするようになった点も「(多様な診察で)医療の質が上がる」と見る。
とはいえ「一罰百戒」が過ぎた感は否めない。大阪府保険医協会が5月中旬、集合住宅への訪問診療を続けるかどうかを緊急調査(回答102医療機関)したところ、「継続する」は34.3%。一方、「1年後はわからない」が30.3%、「体制縮小」は8.8%だった。東京保険医協会理事の申偉秀医師は「熱心な人たちは、歯を食いしばって頑張っている。だが、次の診療報酬改定もこの報酬のままなら、撤退が相次ぐだろう」と指摘する。
そもそも厚労省は医療費抑制を目指し、在宅医療推進の旗を振ってきた。費用のかかる重症者向け入院ベッドを減らす一方、24時間診察できる地域の診療所を厚遇してきた。今回削減された訪問診療関係費は、在宅医療推進の目玉として2012年度に増額したばかりだ。
わずか2年での減額に、ホームケアクリニック横浜港南の足立院長は「厚労省は在宅医療推進を自ら妨げている」と苦い顔をする。介護施設の関係者は「政策に一貫性が感じられない」と冷ややかだ。
訪問診療を手掛けるのは、11年時点で病院は全体の28%、診療所は20%。2年前の訪問診療費増額はこの割合を伸ばすことに狙いがあった。
厚労省幹部は「訪問診療なしに在宅医療は成立しない。今回の減額で本当に困るなら見直さないといけない」と、早々の再値上げも示唆する。
訪問診療を、茨城県のような医療資源の乏しい地域でも普及させることは、地域包括ケアシステムを構築するためには、どうしても必要なことです。厚労省の迷走とも思える今回の診療報酬の改定には、どうしても納得できません。今後このような混乱を避けるために、国会での十分な議論を期待します。