
9月7日投開票の茨城県知事選の選挙公報に、ある候補が「つがいで年間1億円のレンタルパンダより、駆除予定のコアラを誘致推進」と書いていました。目を引く表現ですが、大きな誤解に基づいく公約であることが分かります。
まず、パンダ誘致に慎重であるべきだという問題提起は成り立ちます。年間約1億円の協力費に加え、施設整備や専門の飼育体制、医療・輸送など多くの費用がかかるからです。数字だけで判断せず、総費用と教育・観光・研究などの効果を丁寧に比べる姿勢はまっとうです。財政や動物福祉の観点から「誘致に反対」という立場も理解できます。
一方で、「駆除予定のコアラを誘致」という代替案は誤りです。コアラは現在、豪州で保全を強化すべき対象とされており、基本は繁殖制御や移送、生息地の管理によって個体群を守る方針です。「駆除予定のコアラ」というものは存在せず、海外の動物園に“処分先”として移す発想は、保全の考え方にも制度運用にもありえません。
前提として、コアラを海外へ連れてくるには、相手国の厳格な許可や検疫、日本側の受け入れ基準の充足が必要です。ユーカリの安定供給、ストレスに配慮した施設、専門獣医や飼育スタッフの確保など、運営面のハードルも高いのが実情です。「パンダの代わりにコアラなら安上がり」という単純な置き換えは成り立ちません。
そもそも動物の誘致や展示は、費用の多寡だけで決めるべきではありません。相手国の保全政策と整合しているか、動物福祉を守れるか、教育・研究・観光の公益性はあるか、長期の運営リスクは適切に管理できるか――こうした点を総合的に判断する必要があります。
もし“誘致ありき”に頼らないなら、地域の資源を生かす方向が建設的です。身近な生態系の保全や再生、救護・リハビリ機能の強化、学校と連携した環境教育、デジタル展示や研究協力の拡充などは、動物福祉と地域の学びを両立させ、継続的な価値を生みます。
まとめると、パンダ誘致に反対という主張は理由づけが可能ですが、代わりに「駆除予定のコアラを誘致」という提案は、事実関係・制度・倫理のいずれの面からも適切ではありません。国際ルールと動物福祉に正面から向き合いながら、茨城の強みを磨く方針こそ、地域の納得と将来につながる現実的な道だと考えます。
(掲載している写真は生成AI/GoogleGeminiで作成したものです)
参考:かみね動物園にコアラを迎える大きな課題
本文でも書きましたが、オーストラリアに「駆除予定のコアラ」などは存在しません。コアラは連邦法と州法のもとで厳格に守られており、海外の動物園に個体が移る場合も、保全・教育・研究といった非商業目的に限り、厳しい手続きと管理のもとで実施されます。ここを出発点に、日立市のかみね動物園がコアラを迎えるには何が必要か整理してみます。
私たちが思い浮かべるのは、眠たげな瞳でユーカリをはむコアラの姿です。しかし現実の扉は、可愛いイメージの先にあります。コアラを「買う」道は基本的にありません。オーストラリアが想定しているのは貸与(ローン)という形で、受け入れる側が保全や教育にしっかり貢献できること、そして動物福祉の高い水準を満たせることが前提になります。つまり、来園そのものが目的ではなく、「なぜ来てもらうのか」を社会に説明できる準備が必要です。
第一の関門は、制度の壁です。豪州側は、受け入れ先の施設が行動学的・生理学的ニーズを満たせるかを細かく点検します。出国の前には隔離や感染症スクリーニングといったコアラ特有の検査が続き、日本に到着してからも環境省や日本動物園水族館協会(JAZA)の基準に沿った運営が求められます。書類がそろえばよい、という話ではなく、“毎日の飼育現場”がどれだけ整っているかが見られるのだと理解していただくのが近道です。
次の関門は、施設と人です。コアラが快適に過ごすには、季節に左右されない温湿度管理、採れたてのユーカリを扱う洗浄・冷蔵設備、病気が疑われるときにすぐ対応できる隔離室や治療室が欠かせません。さらに、食欲や行動の小さな変化を読み取り、給餌や室温、止まり木の高さまで微調整できる専任チームが必要です。
そして最大の課題が、ユーカリの安定調達です。コアラは基本的にユーカリしか食べませんし、個体ごとに好みが違います。先行する動物園では、年間15〜20品種以上を確保し、毎日いくつかの種類を並べて“今日の気分”に合わせて選ばせています。茨城県はユーカリが自生する北限と言われます。茨城の冬は冷え込み、季節風や台風の影響もあります。露地栽培だけに頼れば、冬場に「葉が足りない」日が必ず来ます。ですから、県内外の契約圃場、温室、冷蔵バックアップを組み合わせた“葉物の物流”を設計し、荒天時の代替手配まで含めて準備することが、導入可否を分ける核心になります。
費用と説明責任も重要です。空調や医療、ユーカリの調達は継続費用がかかります。日立の気候を踏まえれば、暖房・加湿のエネルギー、冷蔵庫の容量、採葉から給餌までの作業動線など、細部を積み上げたランニングコストの見積もりが不可欠です。さらに、絶滅の危機にある動物を展示する以上、単なる“可愛い”から先へ踏み出す保全・研究・教育のプログラムを用意し、地域の皆さんに納得してもらえる倫理的な説明を尽くす責務があります。
コアラを迎えることは、観光客の増大や町のにぎわい創出といった“話題づくり”ではありません。地域の子どもたちに命の尊さを伝え、世界の保全に手を伸ばすためのプロジェクトです。
パンダ誘致の代替策としてのコアラ誘致で良いはずがありません!